正解のない問題にどう向き合うか

正解のない問題にどう向き合うか
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目を引くタイトルに手が伸びました。『答えを探さない覚悟(総合法令出版、山元 賢治著)



覚悟という表現とはまた違うものかなと思いますが、日々向き合う「答え」というものに対する考え方を広げてくれるかもしれません。

正解は何か?ついついそれを探してしまう

私たち日本人はしばしば、ある問題に対峙するとその解決策となる何かしらの「答え=正解」を探す習慣があります。あるひとつの問題には、必ず「コレ」といった答えがあると思っており、一般的な「答え=正解」を探し「間違い=不正解」を確実に避けようとする習性を無意識にとってしまうのです。

多数決でおそらく多数とされるものを確実に選ぶことを目的とし、自分は常識からはみ出してはいない。という結果を得ることで安心感を得たい表れでもあります。

それには理由があり、私たちが子供の頃から受けている「義務教育」の賜物であり弊害でもある。

学校教育で学ぶ、国語、数学、理科、社会などにおける「Aに対してはBが答えである」という教科書や問題集の後ろに用意されている絶対的な「答え」を探すことが目的となり、問題に対する解が何か?は二の次になってしまう。そして、たまにその答えを覗き見したりするズル賢さも兼ね備えている。

さらには、誰かが出した答えを知るとすべてを理解したかのように、どこかちょっと優越感に浸って、物事の表面上を理解したところですべてを解決したかのように誤解をしてしまっているようでは見えるものも見えてこないし、その場しのぎにすぎないのではないでしょうか。

いずれ、大人になればわかってくることですが、私たちが暮らしている日常や社会の中には、正解のない問題というものが存在するという現実。また、答えは決してひとつではないという複雑な社会で私たちは生きているということ。

「幸せとは何ですか?」という問いに、万人が納得する答えを出すことのできる人がいったいどれくらい居るのか。

そもそも、「幸せの定義とは何か?」世間一般の大多数が理想とするものが、果たしてすべての人にとっての「幸せ」と言えるのか?

それは、きっと違うでしょう。

「答え」を探すのが早いこと、「答え」を知っていること、「答え」を暗記していることが頭が良くて成績優秀である。という判断基準が当たり前になり過ぎて、大人になってからもその習慣や考え方が植え付いてしまっています。どこかでそのことに気付かないと、物事の考え方は大衆化し過ぎてしまう。それでは、すべての人から同じものしか生まれなくなってしまうんじゃないか…。それはきっとまずいことだと思います。

時間を無駄にしない

「人間が生み出すことのできる最大の価値は感動である」

どこにでも目の前の現実や自分の人生を、どこか客観的に眺めている人をよく見かけます。今日という日が誰かのものであるかのように、今のあなたの時間を無駄にしている人、実は少なくないんじゃないでしょうか。

すべてを他人事にしない

生き残るのは自分を主語にして話す人

不平や不満を吐き出すだけの人はまだ良い方で、文句も理想もない状況、企画や問題解決など考え方は何も生み出さないし、何も変わらない。自分に与えられた有限な時間の中で、今日という日を、明日を、この一年を、一生を、真剣に考えるのであれば、すべてにおいて主観で世界を見なければいけない。

誰かの人生をあなたは生きているのではない。自分の人生を誰だって無駄に消費したくないし、私が私として生きていくために。

そして、

あなたがあなたとして生きていくために。

この「答えを探さない覚悟」を呼んでこんなことを考えさせてくれました。覚悟というのは少し力み過ぎかと思いますが、何度も納得し頷きながら読むことの出来る内容になっています。力を抜いて物事を見る姿勢を身につけたい人におすすめの一冊です。

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