書くという仕事でやっていくには

書くという仕事でやっていくには
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ブログを書いていると、もっと文章力を磨くにはどうすればいいのか?と感じます。色々な人の文章を読むことは勿論、そのコツなどは書き続けて見えてくるのかもしれません。

文章を上手に書くにはどうしたらいいのか?

子供のころから国語や作文が苦手な私ですが、大人になった今になってもっと多く本を読んだり、文章の書き方を学んでおけば違っただろうな・・・って思います。

別に私はライターになりたいわけではないけれど、もっと文章力をつけたいな。という心の片隅に眠る少しばかりの欲求が、この『週末ライターで稼ぐ(雷鳥社、新井イッセー著)』の本に手を延ばさせたのだと推測します。



ライターになるためには

ライターという職業は、常に社会の流れや出来事にアンテナを張りめぐらせなければやっていけないという印象があります。自分の足であっちこっちと取材に出向くような行動力と、頭脳を駆使して物事を追求していくという忍耐力など体力的にもハードな日常を送っているんだろうな~と漠然と考えておりました。

「書くという行為」で飯を食う・・・。並大抵の気持ちでは厳しいだろうし、仕事が生活の中心になるのは避けられないんだろうと思います。そんな、ストイックな職業を少しでも理解することで、そこから何かを得られないか?そんな盗人感覚で読み進めました。その中で、印象的なものをご紹介したいと思います。

「書く」という行為をなぜ何十年も続けているかというと、これこそが自分の意見を忠実にしっかりと伝えられる手段だと思っているからです。

誰でも「自己啓示欲」をわずかでも抱えながら生きていることでしょう。しかし、現代社会において、自分の意見や考えを堂々と発信し自分の言葉で述べている人の数は、少ないように感じます。

拡散することと主張をすることは違う気がする

近年「SNS」や「Twitter」など、個人が意見を発信したり、共有することが物理的に簡単になった社会ではあるが、そういったツールを利用しているだけで、現実には「誰かの発信した情報を拡散しているだけ」のようにも見える。FacebookなどのSNSでは、「今日○○をしました。」「今○○を食べています。」そういった、現実に起きている状況の事象のみを友人や他人に一方的に報告しているだけであって、個人の意見や考えではなく、ただ「美味しかった。皆さんも是非、ご賞味あれ!」的なオススメメッセージで終わっていたりするのを見ると、もっと違う使い道があるんじゃないか?と思ってしまう。それはきっと「今、雨が降っています。」というようなお天気情報を個人が発信しているのとなんら変わりないじゃないか!?と言いたくなってしまう。勝手に言えばいいか・・・。

そもそも、自己主張や情報発信を目的として「SNS」を利用しているわけではないんだと思うけれど、事実報告を不特定多数の人に発信することに、果たしてどんな意味があるのか?と首をかしげてしまうのもまた私自身の性格の歪みかもしれません・・・。

でもやはり、ただ単に「休日の過ごし方」や「作った料理の紹介」などは、「私のことを知って欲しい」という“欲求”ではあるけれど“主張”ではない。

「ボールを誰かに投げたくて投げているのではなく、ボールを誰かにキャッチしてほしくて投げつけているだけ」そんなキャッチボールとも言えない投球練習といった具合でしょうか・・・。

何を目的に近況報告や経過事実を発信するのか?考えてみると自分でもよくわかっていない人って結構いるんじゃないでしょうか。それは情報発信ではなく、近況アップといった感覚で写真をペタペタと日記帳に張り付けるかのようなもの。それなら個人ブログでやればいいのに・・・。と感じてしまう。この「トマリギ」のようにただ自己満足でボヤキ続けるような、ひっそりとしたものでもいいのではないだろうか。自虐的かな・・・。

誰かに迷惑をかけているわけではないので、悪いことではないけれど、何も考えずに近況アップを乱発していると、「投げたはずのボールを実は誰もキャッチしていなかった」という事実を知ったときに、本人は相当なショックを受け、無力感に苛まれるのでは?といった余計な心配をしてしまう。その中でも、見る人読む人の視点に立って、少しでも有益な情報を発信するということなら意味があると思う。そのためにも、もう少し工夫のあるSNSの活用法を考えてみてはいかがだろうか?

なんだか少し話がズレてしまいましたね・・・。

本題に戻りますが、この本は技術的なことというよりも、「自分はライターで食べていくんだ!」という決意を固めることが何よりも大切であるということを述べています。これは何もライターに限ったことではなく、何かを始めようとする場合に大切なこと、それはやはり「やる気」と「好奇心」からの「決意」なんだと思います。

夢中になれることがはじまり

誰でも好きなことや興味のあることはそれなりに持っているけれど、そのことに対してどれだけ奥に入り込んでいけるか?知ろうと思うことができるかどうか?体力も労力も時間も必要で、たびたび不安にもなる。その時、ためらうことなく夢中になれるかどうか?それこそがライターとして生きていく方法であり、道なんだと教えてくれます。

日々の努力が何においてもやはり大事であると改めて確認させてくれます。それと同時に情報や事実報告を横流しするのではなく、自分の意見をきちんと述べることに「SNS」や「インターネット」を利用して発信することに意味があるものだなと再認識し、今後のツールの使い方を考え直してみたいと思いました。

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