すり切れた靴

すり切れた靴
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人生における成功とは何なのか?では、失敗とは何なのか?

結局のところ自分の理想通り日々を歩んで行けたのかどうか?振り返ったときに「間違ってなかった」と思えるかどうかなのかもしれません。『夢を実現する戦略ノート(三笠書房、ジョン・C・マクスウェル著)』にて著者はこう述べています。



成功とは何か

成功とは・・・

①自分の人生の目的を知り
②潜在能力を最大限に発揮するために成長し
③人のためになるような種をまくこと。

①・②はストンと入ってましたが、③で痛いところを突かれた気がしました。「人のためになるような種をまくこと」その考えを自分が持てていたのか・・・。正直もっと優先順位を下に持ち、何かと自分の内側に対する目的が大半を占めている情けなさに、心をぎゅっと握られてしまいました。

「人はみな何らかの理由があって生まれてくるが、全ての人がその理由を見いだせるわけではない。人生における成功とは、生きている間に何を手に入れたかや、自分のために何を成し遂げたかではなく、人のために何をなし得たかである」

人のために生きる。そういうと大袈裟かもしれませんが、人のために何ができるのか?シンプルなことで考えてみると、いったい何ができるのだろう?とすぐに答えることができません。そういった人がもちろん多いのは事実だと思いますが、それではやっぱりいけないというか、もったいないというか、ずいぶんと自分勝手なんじゃないか、そんな風には思ったりします。

実現するためには

アイデアが浮かぶ人はいるかもしれないが、それを実行に移す人はごくわずかである。そんなことはよく耳にしますが、USAのゲームデザイナーであるノーラン・ブッシュネルはこう述べています。

「シャワーを浴びていると、人間誰でもアイデアが浮かぶ。しかし、成功する人はシャワーから出て、身体を拭いた後、何らかの行動を起こすものだ」

思いつくだけでは何もならない。それを形にしていくことができるかどうか、それは次の行動で決まる。納得ですね。。。

また、イタリアのことわざには次のようなものがあります。

「言うのとやるのとの間には、何足ものすり切れた靴がある」

誰かの相談などに乗っているとよくありますが、助言はできるけれど最終的には本人がどう動くかでしかない。という結論・・・。そんな表現をカーネギーはこう記しています。

「自分で登ろうとしない人を、はしごの上に押し上げることはできない」

あぁ、本当にそう思います。口では理想を並べるけれど、今いる状況が結局のところ一番安全で動くことさえ躊躇っている状況って、分かっているはずなのにどうしてなんでしょうか。一歩でも二歩でも前じゃなくても横でもいいから動いてみたらいいのにと思うことが頻繁にあります。そこで感じる怖さってその人にとっては大きなものかもしれないけれど、傍から見ると大したことに思えなかったり、人により考え方は違うけれど、背中をバンって押してしまえば変わるのだろうけど、でも自分で足を出さないとそれは続かないことだとも思うし、複雑ですね、人間って。

心を改める

世の中には、本当に良い言葉が転がっています。先人たちの置き土産とも言える言葉たちにただただ脱帽してしまいます。

「人はみな世界を変えたいと思うが、自分自身を変えたいとは思わない」 ~トルストイ~

自分勝手ですね、こういうのって。でもきっと自分もそんな風に考えてしまっている時ってあるんだと思います。人間だから弱さもあるけれど、自分だけのことを考えて勝手なことを言うのはやっぱり格好良くないな。そう思います。

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