ここ最近、仕事をしている中で感じることがいくつもありますが、自分があたり前だと思っていることが、他の人からしてみるとあたり前でなかったりすることに気が付きます。
立場が変わって気が付いたことはを集約すると、やはり「視点なのかな?」と強く感じています。自分が良ければそれでいい。そんな風に考えて仕事ができたら、何と気持ちが楽なことだろうとぼやきたくなったり・・・。ただ伝えれば良いのではなく、真意を理解してもらわないと意味がなかったり、理解しやすく伝えようとすればするほど話がこんがらがってしまったり、良かれと思うことが、かえって逆効果になってしまうケースも多々あるもので、そういった事を今経験出来ていることにとても有り難いな~と感じています。
伝えたことではなく、伝わったことがすべて。
コミュニケーションとは、自分で伝えたつもりになったことではなく、相手に伝わったことがすべてなのだ。
『その「ひと事」は、言ってはいけない(廣済堂出版、千田琢哉著)』で著者はこう述べています。
もちろん誰だって理解していることですが、これがなかなか難しいもの。
ひとつひとつ相手にどう伝わっているのか?を確認するのは一苦労で、以前にも同じようなことを話していればもちろん伝わっているだろうと判断するし、そこの部分で話がズレていたり、相手の表情の微妙な変化や、発する言葉からそれらを読み取るということは、訓練しなければ身に付かないのも事実。まずは、「言ってはいけないひと言」に話の的を絞ってみるのもいいかもしれません。
答えと理由どちらを教えるべきなのか
また、新人さんに質問をされた場合、すぐに答えを提示するべきなのかどうか?そんなささやかなことでも悩むことも数多くあります。
「答えは教えるから、理由は自分で考えろ」
これは、仕事を効率的に進めるうえでは正しいのかもしれませんが、その理由を考えた相手の理由が結構的外れだったりするものです。そこまでも説明が必要になってきて、結局は次は自分で考えなさい。ということの繰り返しになってしまったりして、自分と相手の温度差というべきか、危機感というべきか、そもそもの部分でげんなりしてしまったりもするものです。
それでもやっぱり「理由」は自分で気が付かないと意味がないし、先にもつながらないと思います。どこまで責任を持って関わるか?はたまた距離を置くのか?その微妙な距離感やバランスに迷いながら、自分自身も成長していくのだろうと前向きに考えるようにします。