こどもから大人まで読める、心温まる一冊。おだやかな物語の中に散りばめられたメッセージが含まれています。ハルとは「1日」という意味ということもあり、日々の中で忘れかけていた懐かしい情景や物事を思い出させてくれます。
捨ててこそ得る
おさない木が一本ありました。
日ざしを受けるには、すこし背が低かったけれど、
それでもいつのまにか萌え出た葉がうっそうとしげり、
お日さまの滋養分を充分に受け入れるようになりました。
春に生まれた木にとって、
夏はたくさんの友達ができる、とても幸せな季節でした。ところが夏が過ぎ、秋になったある日、
おさない木はびっくりしてしまいました。
自分といっしょに生きてきた木の葉たちが1枚1枚落ちていくのです。
自分の横で陽にかがやき、風になびき、
わいわいとはしゃいでいた木の葉たちが、
ぶるぶるっと身ぶるいしながら力尽きて落ちていく光景に、
おさない木は胸の締めつけられる思いでした。
ともに想い出や愛情を分かちあったものたちが、
みんな離れていってしまう秋の夜は、ほんとうにさびしいものでした。何よりも木の葉のない夜は寒く、
おさない木はまだ残っている木の葉をしっかりとつかみました。おまえたちまで離れていったら、どうするんだ!
枝にいっぱいに力をこめ、最後まで残った葉を
必死でつかまえようとしました。ところがどうしたことでしょう。
風も吹かないのに、残りの葉も落ちていくではありませんか。
おさない木はとうとう泣いてしまいました。
するとそのとき、そばでじっと見守っていた老木が言いました。「放しておやり。かれらを行かせなければ冬は越せないよ」
おさない木は一体なんのことかわからず、呆然としてしまいました。
「寒い冬に木の葉たちがみんなおまえの体についていたら、
どうなると思う?木の葉を生かそうと必死になればなるほど、
お前の体の栄養分はみんな取られていってしまうのだよ。
だから葉っぱをみんな捨てなければならないんだ。
そうしてこそ春になってより多くの葉っぱが得られるんだよ。
それなのに、一日の滋養分でさえ満足にない冬に、
木の葉がいつまでもお前の体についていてごらん。
木の葉はもちろんのこと、お前も凍え死んでしまうだろう。
足元を見てごらん。
落ち葉っぱが、おまえのためにふとんをつくってくれたじゃないか。
かれらは、冬じゅう自分の体を溶かして、
おまえの糧になってくれるのさ。
かれらがふとんになり、栄養分になってくれるから、
おまえの真ん中にある根っこはさらに太くなって、
来年は、より多くの葉っぱをつけられるんだよ。
だから悲しんではいけない。
捨ててこそ得られるものなんだから」その冬、おさない木は葉っぱたちと別れるのがつらくて、
こころに大きな年輪をひとつ刻みました。
でも、老木が言うように、かれらのおかげで
自分の根をさらに深く張ることができました。次の年の春、おさなかった木の背は
いつのまにかぐんと伸びていました。
『ハル 哲学する犬(ポプラ社、クォン デウォン著)』