長編小説であるにもかかわらず、それを感じさせることのない展開と言葉の可憐さ、江國香織さんの使う言葉は彩りが含まれ、毒を持ち、それでいて美しい。
語り手がその都度、入れかわり、それぞれの視点で流れをつくってくれている。ほとんどは三姉妹の言葉であり、ある時は、男性視点。よくも異性である男性の視点をここまで、理解し呑み込み、綴れるものだと感動さえしてしまう。
多くを語るわけでなくとも、多くの考えが確かに見えてくる冷静さ。登場人物に血が通った、熱のある情景が、浮かぶその文章に頭が下がります。
犬山家の三姉妹。
長女の麻子(あさこ)は結婚七年目。DVをめぐり複雑な夫婦関係にある。
次女の治子(はるこ)は、仕事にも恋にも意志を貫く外資系企業のキャリア。
余計な幻想を抱かない三女の育子(いくこ)は、友情と肉体が他者との接点。
三人三様問題を抱えているものの、ともに育った家での時間と記憶は、
彼女たちをのびやかにする。犬山家には家訓があった。
人はみないずれ死ぬのだから、そして、それがいつなのかはわからないのだから、
「思いわずらうことなく愉しく生きよ」というのが家訓で、
姉妹はそれを、それぞれのやり方で宗としていた。
『思いわずらうことなく愉しく生きよ(光文社、江國 香織著)』