センスは知識で鍛えられる

センスは知識で鍛えられる
Pocket

「選ばれた人にしか備わっていないもの=センス」どこかでそんな風に定義付けて言い訳にはしていないだろうか?と、まずは自分に問いかけてみる。

・自分はセンスなんて持っていない。
・あの人はセンスが良いから。
・センスがあれば出来たはずなのに。

そんな風に何か形を持たない裏技的な超能力のように「センス」が語られることが結構あるような気がします。


誰でも本音では「センスを磨きたい」と願っていたり、インスピレーションのようにパッと舞い降りてくる日を待ち望んでいたりはすることでしょう。ですが、そのような場合はそんな夢物語を忘れて、本書を読んだ方がいいかもしれません。『センスは知識からはじまる(朝日新聞出版、水野学著)』

良い企画とは精度こそ重要である

「斬新な新企画を考えてください。」そんな場面があった時に、人は今までに見たこともない空想のアイデアを一生懸命考えてしまいます。「何か良いアイデアはないだろうか?」そういったフィルターをかけ、人や街を見てしまう。見えていないものを一生懸命探すということは単純に難しいしキツイはずなのに・・・。

誰も見たことがない企画をつくることが大事なんじゃない。
(中略)
最初は「ちょっと面白い」程度のアイデアだって、緻密な改良次第では普通ではない尖ったものにすることができる。企画とは、アイデアではなく「精度」こそが重要なんだ。

どう育て、どう使い、どう磨いているか?

センスとは誰にでも備わった身体能力と同じです。
(中略)
日々の筋トレや助走のスピードで変わってきます。どれだけセンスを磨き、使いこなせるか、その違いがセンスがいい/悪いということです。

「センスを磨くという目的のために、あなたは今日何をしましたか?」センスがない・・・。と言っている人に聞いてみればよいでしょう。勿論、向上心があり心からセンスを磨きたい!と考えている人、様々なことに触れ、知見を増やしたり、技術を磨いたりして日々を過ごしてることでしょう。しかし、頻繁に「自分はセンスがないから・・・」という人ほど、それを磨くための努力もしていないのが現実ではないでしょうか。

日々生活をするなかで「センスを上げるために何が出来るのか?」を、きちんと考え行動に移すことの大切さは説明しなくてもわかっていることでしょう。

センスは成功確率の良し悪しではない

トップレベルの野球の打者10人を打率がいい順に並んでもらったとして、「打率が一番いい人が、バッティングセンスも一番です」と言い切ったら、おそらく異論が出るでしょう。

これは何も野球に限った事ではなく、結果の点数が良かった人が=センスが良い人ではありません。結果とセンスは=(イコール)では結びつかないのも事実と言えるでしょう。

最大の敵は思い込みである

「AであればA+」「BであればB+」というように、世間や世の中の常識に埋もれてしまっていては、良いアイデアを生み出すことは非常に難しいと言えるでしょう。

センスの最大の敵は、思い込みであ、主観性です。思い込みと主観による情報をいくら集めても、センスは良くならないのです。

感覚で逃げないこと

もし、あなたがデザインを生業とするならば、自分が何を根拠にそのデザインを決定しているかを「感覚」という言葉に逃げずに説明しなくてはなりません。

制作したものに対して「ナゼそうしたの?」と聞かれたときに、的確に答えることができずに「そこらへんは感覚ですね」などど答えてしまっていたことはありませんか?作った人が作ったものの説明をできないなんてあり得ないことでもあります。「感覚」や「直感」など、ぼんやりしたまま完成することのないようにしましょう。

最後に著者からのメッセージ

センスはすでに、あなたの中にある。

まずは、自分にしか気づけないセンスを探すことからはじめていきませんか。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください